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PCゲーム『Hollow Knight』(開発元:Team Cherry)をプレイした。以降、その感想になる。 レビュー内容は
Steam上に投稿したものとおおよそ同じだが、物語解釈部分に関してはこのブログのみに書いている。
最初に書いてしまうと、めっちゃくちゃ楽しいゲームでした。どこを取ってもストレスよりも楽しさが勝る作品。
システム:2Dアクションゲーム。いわゆるメトロヴァニア系に属する上、「イージーモード/ノーマルモード」みたいな選択肢もないため、手加減してもらうことなしにゲームに臨むことになる。コントローラー推奨。いろいろなボタンを駆使して複数の技を用いることになる。攻撃などのボタン設定は自分でも設定し直せるが、そのままでもあまりストレスのない設計がされている。
広大なステージを探索しながら進めてEDを目指す内容。サブクエストも豊富且つ各ステージも探索する行為が楽しくなる塩梅が恐ろしく絶妙。なんであればやってもやっても「探索」するところが尽きることはないのではというワクワクをうまくコントロールしてくれている。ただ敵とバトルするだけではなく、探索箇所でイライラ棒に似たタイミングゲーム的な操作を求められる場面も多い。あるEDの要件の一つをこなすに当たってもこのイライラ棒のなかなかハード版をこなす必要がある(ちなみにやり込み要素部分でさらに上位の鬼畜仕様のものもある)。
EDは複数存在しており、DLC追加の過程などもあって複雑化しているようだが、一応「五つ」あると言える。ただし二つはエンドコンテンツをやった先にあるようなものなので、通常、プレイヤーが触れるEDは三つとなる。ややこしい。EDを迎えてもデータとしてはその直前まで戻された状態でやり直せるため、その三つのEDに関しては進め方にもよるけれども三つとも全て同じデータで(ちょっと頑張る必要はあるが)触れられるようになっている。残る二つも進め方によっては片方しか触れられないかもしれないけれども、二つとも同じデータで触れられるようになっている。
低スペックPCだと一部敵が無限湧きするように設定されているステージだとか、いろいろな動作が一気に処理されるような箇所だとカクカクしたりもしたものの、スペックにあまり囚われずに楽しめるような軽さのある内容になっている(ので、環境があるならじゃんじゃん誰でもやってみてほしい……)。
セーブは基本的にベンチで休憩するタイミングで行われる仕様なので、どこでセーブされているのかも明白なので、どこでゲームを一旦切り上げるかの目途も立てやすい。
グラフィック:2D。イベントムービーなど一部アニメーションあり。
あらすじ:いつでも夜のような暗い空の世界が広がる場所があった。主人公はその境界の方向にある洞窟の中を落っこちてくる。そしてダートマウスという寂れた村までやって来た主人公は、かつては王国が繁栄していたというそのさらに下に広がる世界へと赴くべく、村の井戸を下りていくことになる。
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感想(※ネタバレしかない):めーーーーーーーーーーーーーーーっちゃくちゃ面白かったです。EDは上記で触れた三つともやりました。危うく一つは同じデータだと触れられないところまでやってしまうところでした。結構肝心なところでやり直しがきかないところも多いので恐ろしい。残る二つのほうはいわゆるエンドコンテンツ「神の家」をやらないといけないものなのですが、こちらに関してはEDのうちの一つがもはや同じデータでは起きないところまでやってしまったのでした。かなし。どうであれ、これに関してはEDムービーに辿り着ける気がしません(でも、面白いのでちまちま触ってはいるのですが)。「苦痛の道」もちょっと触ってはみてるのですが、さすがに温情がほしいとは思っている。
サブイベントは「神の家」(とサブではないかもだけど「苦痛の道」)を除いて制覇したはず。グリムさんも倒せました。ボスに取り掛かる前にそこを長い時間をかけて一番頑張ってやってしまっていたので、ボス戦の大変さが大変とももう思えなくなるバグが発生していたりもしましたが。
とにかく書きたいこととか思ったことがポジティブな方面に山盛り過ぎてどこからどう書き出せばと思える大変良い作品なのですが、以下、ややしっちゃかめっちゃかながらに書きなぐっていくこととする。
探索が好きなら普通にちまちまゲームを進めているだけで特に攻略情報などに頼らなくてもほとんどは自ずとこなせるようになっていた。図鑑もあと一匹埋められなくてそこで攻略を見たくらいだったし、隠し部屋の類も大半は自力で見つけていた。ただ、それでもできるだけ全部やろうと思うと攻略情報によるカンニングペーパーは必至なくらい、やたらと難しいところはある。
最初は謎だらけでスタートするし、EDまで迎えたところで結構お話自体は部分的に開示されるのみなので「こういう話だった」とはっきりとしたストーリーラインが見えるようには作られていないものの、その距離感がやはりストレスというよりも作品の深みとして感じられる塩梅で調整されているので凄まじい技量である。お話・設定の部分にしてもプレイヤーに押し付けてくるものが一切ないと言える。探索しているうちに自然と世界観が朧げながらつかめてきて、興味も深めていける。こういうことができる作品ってかなり少ないと思う。他のゲームだとその距離感の有り様に辟易として物語内容そのものがいっそどうでもよくなったりしてしまうというか、物語がプレイヤーに押し付けられるばかりで簡単に言うとストレスに感じることもままあったのだけれども、本作に関してはとことんそういうものがない。主人公とプレイヤーの間にある情報量の差みたいなものもほとんど「感じられない」ようにうまく処理しているのもその理由だと思われる。というか、いっそ「虚無」であるようなキャラクター性にしているからこそプレイヤーごとに自由度が発生していてどういうプレイスタイルでも許容できる器になっているうまさと、そういうところを物語にも反映させているうまさ。本当によくできている作品だと思う。
世界観もとにかくよくできているのだけれども、ステージもまたよくできていて、世界がマップに表示されるもので尽きている=ゲームとして都合がいい狭い世界であると思わせないように設計されているのもすごい。単純に、マップを埋めるまでは進めても進めてもまだまだ世界が広がることに対する驚嘆というのもあるけれども、埋めてもなお探索要素がまだ随所に隠されているということで広がりを見せもするし、操作して行けないだけで主人公が移動できる範囲以外にもこの世界は広がっているのだなあという余白をステージの背後だとかから伺えるようにしているのがとにかく巧みなのである。プレイヤーはたまたま広い世界のどこかのルートを用いて冒険しているだけ(そしてたまに会話ができる虫たちと出会ったりもするだけ)というところで腑に落ちるようになっている。こういう世界の広がりも同じような2Dゲームでも感じられないことがままあるので、ここにしてもストレスがないようにうまく設計されていた。
あと、終盤になると主人公の旅の目的のようなものも薄っすら見えるようにはなっているのだけれども、全体的には「放浪の騎士による冒険」という趣きになっていて、かなり王道的な冒険《アバンチュール》が繰り広げられるものとなっている。今は廃れて荒廃した地下世界の王国を流離い渡り歩いていろいろなものと出会ったり別れたり、何かものすごいものと戦っていく。なんであればNPCの中には虫の世界のドン・キホーテも居たりする。その放浪の騎士がごっこに興じた果てのものとして闘技場というものも設定されていたり、この何かを窮めようとする場所、何かを降ろそうとするかのような場所を模倣したものが恐らくはエンドコンテンツの「神の家」とも繋がっていたり、とにかくもう言葉に尽くせないほど要素要素がよくできているし、うまくつながりつつ全体を形作っている。お話に関わる情報開示もこうしたものの中でうまく作用している。
触り始めるとどんどんもっとやりたくなるゲームで、一部の中ボスなど、ゲームプレイが下手だと詰まるところも多々あるのだけれども、それでもなお頑張ってその先を見たくなるようにやはりここもうまくストレス負荷がコントロールされていた。
ちなみに、進め方の自由度もかなり高く設計されているため、点在する中ボスに当たるタイミングも人によって異なってくる。このため、その時点でどういう装備を手にしているのかによってまた難易度も変わってきたりするので、この辺の自由度、自分のゲームプレイの結果がちゃんと反映された上で旅ができるところとかも私としてはすごく好みだった。決められたルートの上を辿って「やらされている感」がないってそれだけでゲームとしてすごくいい。
本作のストーリーをどう理解するかという点に関しては、繰り返すように、あえて公式側が恐らくちゃんと設定を付けているもののその部分のみを開示しているだけというスタイルなので、受け手としてはどうとでも取れる余地が多分に残されているものとなっている。でも、物語に置いて行かれたという気持ちになるよりも、広い世界のどこかで起こった何か重要な物語のその一部を垣間見ることができる、みたいなものが、主人公を操作する立場でありながらもなんだかすごいうまい具合にやはり腑に落ちるようになっていて、物語の面を受け止めるにしてもやはりストレスにはならないようにされていた。私の表現能力の拙さでうまく言えないのだけれども、すごい作品なんですよ。すごい作品なんですよ!!!!!!
それでも大まかに中盤に入るまでにざっくり提示される範囲で言えば、今は荒廃して何やら凶暴化している虫たちがゾンビのよう(というか、実際ほぼそれなのだが)に跋扈する世界となっているこの世界の在り方に対する批判的な眼差しに満ちたものとなっている……と言えるはず。かつての王国が産み出したこの退廃、つまり停滞したこの世界、或る種の平和状態ではあるものを存命させ続けるか、それを終わらせてしまうのか。ある意味現実の現代社会に対する棘も含んでいるような世界なわけです。神聖な王国を謳うハロウネスト王国(=Hallow-Nest)の虚無(=Hollow)を、虚無そのもののような主人公が流離うわけです。たまんねえ。しかもその中であってさえも卵から孵る新しい命だとか、芋虫たちやグリムのように「変身」という新しい変化というものもこの世界の中に落としているのです。特に芋虫たちに関しては古い世界を示す、芋虫のまま停滞して老いてしまった老芋虫が蛹の役割を担うことで新しいものに変わろうとするというふうに(その未来の姿は見せないまま)表現するところに、本作の希望の見せ方、停滞ではない未来の見せ方、或る種の残酷さというか、進むべき道の在り方がギュッと詰まっている気がして、初見時は一瞬混乱しまくってしまったけれども、ここにしても本当によくこういうふうに表現できたなあと感動しているところでした。天才だよお……。芋虫たちをただガラスケースに閉じ込めて分散させて置いておくことはリスクを最小に抑えて守ることにはなっているかもしれないけれども、同時にそのケースの中に閉じ込められたまま一生を終えるしかない安全でしかないし、何よりも当人たちがそれを望んでいるわけではないというまた別の停滞の平和の描き方とか……。
虫をモチーフにした世界になっているのもすごく面白かった。虫という他の生き物以上に感情が読み取りにくい・あるのかも分からないものが多い存在を登場人物たちにする。特に甲虫たちの場合はその身体そのものがある種の仮面や骸骨みたいなつるりとした顔を作るというのもうまく作品世界に反映しつつ、その上で「仮面」という要素を持ち込んでいたりもする。先に書いた卵や変身といった要素にしても、こういう虫ならではのものを用いながら倦んだ世界の中で象徴的に登場させることができるようになっていて、うまく言えないけど、たまんねえんですよお。たまんねえよお。世界を作るのが上手過ぎるよお。
(※ここから幣ブログでのみ記載しているレビューになります)
ここからは個人的な解釈の度合いが強まってしまうのだけれども、本作の世界において一部NPCたちは外の世界からこの地下世界(ひいてはさらに地下に広がる王国)を訪れるので(※これにはグリムも含む)、内部から生まれるもの以外にも新しくやってくる面子自体はいわゆる「stranger」の立場で新たに流れてはくるわけです。そして稀にこの王国世界からその外へと行く者も居る。それで、一部のNPCは外での世界の記憶が曖昧になっていて記憶障害を起こしていたりもする。
そしてこの王国世界はどうあるかといえば、いわゆる神々が息づいているような古代というかほとんど文明以前・有史以前の世界と言えるだろう世界(=ラディアンスの世界)がまずあって、その次に文明世界と言えるだろうホロウネスト王国を打ち立てたウィリム王の世界がある。恐らく前者はただ光を受け入れて自然を優先して生きる社会で、後者は理性のもとで秩序だって暮らすことを目指した社会である。後者にとっては、とかく眩い光の揺り籠をもたらすばかりの原因存在であるラディアンスは理性の世界を阻害してしまう。それなのに王国の虫たちは徐々にかつての虫たちの在り方、恐らくは自然体としての虫としての生き方にどうしようもなく惹かれ、呑み込まれていく。身も心も焼くほどの光の熱、何も見えなくなる・考えられなくなるその白さに惹かれてしまう。蛾が炎に向かうように。だってそれが本能なのだから。
だから別にラディアンスが悪というわけでもない。それはただ存在しているだけで、その影響が否応なしに小さき者たちを呑み込んでしまうだけなのだから。とはいえ、それを受け入れることはかつての自然体であることを受け入れることに他ならない。よって、ウィリムはラディアンスを封じ込めるための器を求め、複数の犠牲を立てることで、王国から見れば破滅をもたらす光を無理にでも封印することにしたのである。それでもなお光は偏在を続け、王国を蝕み、次第に崩壊させていく。
そうしてウィリム亡き後には、もはや自分が何のために存在しているのかも分からないまま、死にながら生きている・行きながら死んでいる虫たちがこの世界には跋扈することになってしまった。このゾンビたちは多少の自我の強弱、光を受け入れる強弱こそはあれども、言ってしまえば個性を持たないまま、潰しても潰しても湧き出てくる蛆や蠅のように世界を彷徨い続けるしかなくなっている。そうしてそれでも一部の正気を保っている者たちを除いて、現状を迎えた状態で物語は始まる。主人公はこの世界が作り出した澱、つまりその内部の奥底から生まれながらも同時にstrangerとしてこの淀んだまま変わることを止めた世界に現れ、その釘で己の道を切り拓いていくのである。
……というふうに大まかに私はこの世界観を理解した。どこまで公式の意に沿えているかは分からないが。だからホロウネストの外の世界は何かまた別の文明世界が広がっているというよりは、「自然」の世界が広がっているのだと思っている。つまりは現実の私たちが見た実際の虫たちの世界である。ホロウネストはつまりはかつての人類が「有史」世界に切り替えるに至った世界を虫の世界で描いた王国なのだろうというか。だから光はここではありのままの自然状態を受け入れることにほぼ等しい。一切の知性がないとまでは言えないのかもしれないが、(本能的なものに基づくもの以上の)理性も秩序もなく、最大限のある種の自由状態を謳歌できる世界。種にインプットされた役目をインプットされた範囲で繰り返し行っては次世代を残して死んでいく世界。躊躇わずに赤々と燃える炎に飛び込んでしまえる世界。だから、外の世界の記憶が曖昧になるのも至極当然なのである。そしてそういうところからしてある意味現状の人間社会に対する皮肉も見える構造になってもいたりもする。
ラディアンスを倒すEDにおいては、主人公は新たな器として存在するのではなくて、ラディアンスの仮面を剥ぎ取って地面に引き摺り堕とし、世界の在り方をまた一段階変えて、そうして影としての実体のままこの世界からは恐らく居なくなるので、虚無であることがそのまま虫としての本能を受け入れる(ないしは閉じ込める)器になるわけではなくて、むしろ光と闇の戦いみたいな神話世界を再演する土台になるというふうにしたのも面白かった。このED世界後の世界は現状の引き延ばしではないわけで、これからどうなるのかは今を生きる虫たちに容赦なく託される、未来を託されるわけで、個人的にはかなりアツい。恐らくは本能への誘惑もかなり弱められて、かつての王国が創ろうとした世界をもう一度創り直せる土壌を整えてもらったのだろうし。世界をやり直せる、新たに一から着手し直せる機会がひっそりと与えられたのだろうあの世界の虫たちは次の時代をどうするのだろう。地下世界に埋もれたこの地の中で、今度こそ光と影のバランスを保つことはできるのだろうか。そういうものがひっそりと託されている終わり方だったと思うし、やはりこのEDにしても人間社会に対する問いにもなっていると思うから、物語としてしっかりしているなあとそこにしても感心している。かつては超自然的な特異なものを神として寄る辺とし、次には特異なものを王として寄る辺として、もはや停滞を窮めると主人公が冒険を繰り広げるしかなくなる。そこから次にどうするかという時なのではないかというか……。そもそも永遠は存在しないし、物事は変わっていくから、過去を踏まえて反省しながらいかに前へと失敗を踏まえてより幸せに進んでいけるかという変身が必要なのであるというか……。
「白い宮殿」のガードが固過ぎる道を抜けて行った先、ウィリムの王座のその先のある石碑に、
燃える光、それとの絆を我らは求めない。求めるは、暗闇に抗して輝くひとつの光。
ウィルムはともしびとなり、精神は拡張される。
とあるのも、ここまで私が語ってきたものを端的に表していると思う。光が要らないわけではなくて、自然状態・本能のままでいることを止めたときに生まれる虚無状態、混沌、その先の知れぬ闇を照らすための光なのである。それこそが知性を求める生き物が前へ進むために必要なものなのだから。(そしてひいては人間は何かしらの強烈な光に惹かれて、闇の中をランタンを手に慎重に歩くことを止めていないかというやはり皮肉としても私は受け取ってしまうのだけれども。)だから拒絶しているのは、ただ上から「与えられる」だけの光、導くためにあるのではなくて目的地となっている光(つまり向こう見ずに突っ込むために待ち受けているような光)なのであって、或る種の宗教観さえも垣間見えるようなものとなっているわけである。神(として認めたもの)に全力で寄り掛かってその庇護に頼ればいいわけではないよねというふうに言い換えられもしようか。
「神の家」に関するED世界はなにせ私がやれていないので何とも言えないけれども、恐らくは一種の神降ろしの儀式を夢の世界の中でやっているものなのだろうと思うので、それを完遂したときにまたこっちはこっちでラディアンスがどうにかなってしまうものなのだろう。ラディアンスどの……。象徴的存在とはいえ、存在しているだけで虫たちを惑わせてしまうのも可哀想さが勝る。
本作では「夢世界」の概念があるように、本来、光とは夢ないしは幻と親和性が高い存在であって、そこが希望という輝きにも繋がるものとして描かれてもいたと思う。夢世界はラディアンス戦時の背景と同じ場所に位置するように設定されていたりもする。そして問題はその度合いなのだというか、夢想を夢想として、夢幻を夢幻として、その実体ではない希望の光を個人の身体のうちに適切に留めておけるか、それに呑み込まれてしまうのか。夢の世界の中で現実より強くなって足掻くように戦っていることそれそのものの切なさにしても、一部のキャラクターにそこで勝利した後に垣間見れる想いの切なさにしてもここもたまらない。とにかく何もかもがたまらない。
あと、ラディアンスが恐らくは蛾を模しているというか、何であれば象徴的存在がたまたま虫の世界の基準に合わせてその姿形を取っているのかなと思っているので虫たちという括りに存在しないのではないかとも思うのだけれども、それはともかく、ああいう存在が光に向かって破滅する存在である蛾の姿で象徴的に洗わされているのも個人的には滅茶苦茶アツい。太陽が眩し過ぎたから理性が働かなくなるところのその存在するだけの太陽、ものを腐らせ疫病を蔓延させもする太陽、それが薄っすら蛾のような姿をしているのだもの。そして恐らくはそういうふうに光に焦がれる蛾の一族は比較的その光・夢とも適切に距離を保てていたのではないかというところとか。
というか、めちゃくちゃ余談なのだけれども、本作の世界観って一部アニメ『少女革命ウテナ』っぽさがあると思う。ある範囲を境界において閉じた世界と外の世界があって、その内外の世界は繋がってはいるけれども認識に疎外が生まれている。内側の世界は生きながら死んでいて・死にながら生きていて、停滞している。主人公はその核に居る人物も居れば、その内部にやって来た人物でもあり、それぞれにこの世界という檻・殻を打ち砕いて飛び出していく。ただしこちらの場合、この閉じた世界自体は残り続けて、主人公やその意志に近しい周囲の人物だけが変身を遂げる(かもしれない)ところで終わる。
ウテナが好きなのでそこの類似点に気が付いたとき、ちょっとテンションが上がりました。そういうお話が好きというのがそもそも私にあったのでハマったというのもあるのだろう。
あととにかく主人公がプレイヤーに委ねられている塩梅が良かった。キャラクター性がないからこそキャラクター性をクリエイティブできる。それも含めての主人公が持つ虚無性が反映されているというか。まるで仮面をかぶったようにどうとでもなれる。冷酷にもなれるし、可愛くもなれるし、優しさがあるようにも、人懐っこくもなれる。こういうところも私にはハマって、私がどうプレイしたところで齟齬が生まれないのでやはりそこもストレスにならない原因だったと思う。芋虫を救うためにぴょんぴょん跳ねたり、何かあったら見上げたり俯いたりしばらく横になってたりしても何の違和感にもならない。他のNPCとのやり取りも確かにいろいろ心を交わしていたりしているのに主人公がどうであっても受け止められるようになっているという。そこもとにかくすごいと思う。
繰り返すように物語を押し付けてこないのに、気が付いたら物語が寄り添ってくれているので、プレイしていて遭遇する出来事に自然とこちらのこころも何らかの感情を抱けるようになっているというのもゲームとして造りがすごく巧みで、こんなゲームがあるのかと本当にいちいち感心していた。ここで広がる世界をどうでもいいと思わないで関わりたくなる。なので、白い繊細な花だって頑張ってお墓に備えに行くし、そこで繁殖した花をいろんな人にあげて回りたくなる(ゲートマウスの老人にあげたときは主人公の行く末を思うとやや残酷なところも好きだ)し、NPC同士の繋がりを覗きたくなったり、何か未来に繋がることをしたくもなる。そしてそういうふうにプレイヤーの心を割くほどに自然と物語の終わり、主人公の役割の切なさも加速度的に増していく。
花といえば、できればもっといろんなNPCにあげられたり場所に供えられたら良かったなあとは思うけれども、そうすると主人公がやたらと心をあちこちに割き過ぎてノイズになるから限られてしまっているのだろうか……。あげたい人・場所をとにかくしらみつぶしで当たっていたけれども、ほとんどがそうすることがそもそも不可能だったのでちょっと寂しかった。
どのキャラクターも好きになれるタイプのとにかくよくできた作品で、世界観も繰り返すようにめちゃくちゃいいし、肝心のゲーム性ももはやケチをつけるところがない。強いて言えば一番好きなキャラクターは最初から最後まで主人公に穏やかに寄り添っていたクィレルなのだけれども、彼が姿を見せる最後の湖の場面にしてもめちゃくちゃいい余韻だったし、あの最後の一瞬、一緒に座って黙々と美しいばかりの湖畔を眺めることができるようになっているのがすんごく、すんごく良かったです。最後まで好感度の高まりと余韻を残して去って行ったのだった。
「Hollow Knight」のタイトル回収のやり方もすごくよく出来ているし、(これまでも試み続けられてきた)円環構造を解き明かすやり方もうまいし、なによりやはりここにしても切ない。世界という殻を破ろうと、あるいはもしかするとそれを何とかして引き延ばそう足掻き続けてきたそれらの屍の先に主人公が立っている。どういった命運を歩むのも、同じように道半ばに死ぬのも自由なままに。そうしてこの地下世界自体が一つの腐敗を抱えた揺り籠となってしまっているその最中を渡り歩くのだ。
マジでよくできた作品過ぎて言葉が出るんだか出ないんだかである。何はともあれ、最高のゲームだと言える。
いつもはせいぜいEDを迎えたらさっさと終わらせられるのに、いつまでもまだまだやりたくなる。私としてはそんなゲームはほとんど初めてだった。バトルが自分にとってどれだけ難しくても諦めずにやりたくなる。すごい。